大阪高等裁判所 昭和27年(う)851号 判決
所論の要旨は本件省略式命令請求書は昭和二十六年十二月二十四日附を以て大阪簡易裁判所が受付けており省略式命令発布日附は昭和二十七年一月十一日であり被告人への送達日附は同月十八日となつているから右省略式命令はその請求を受けた日から十四日以内に発していないことが明瞭であり無効のものである。従つて正式裁判の請求も無効に帰し原審もなかつたことに帰着し、原判決も亦無効であると云うのである。
記録によると本件省略式命令が発せられた経過は所論のとおりであり刑事訴訟規則第二百九十条第一項は省略式命令は遅くともその請求のあつた日から十四日以内にこれを発しなければならないと規定しておるのであるがたとえこの規定に背き省略式命令が発せられた場合であつてもそれだけで直ちにその省略式命令が無効であると解すべきでない。蓋し右規定は省略式手続を以て事件を迅速に処理する建前から制定せられたに過ぎないものであり、事件自体の防禦方法としては該命令の告知を受けた日を基準として正式裁判の請求権が認められておるのであるから右のような手続違背あればとて被告人の防禦権に制限を加えることなく且省略式命令なる裁判の実体に何等の影響がないからである。のみならず省略式命令は正式裁判の請求によつて判決があつたときはその効力を失う(刑事訴訟法第四百六十九条)ものであるから本件の如く公訴提起そのものは適法であり又適法な正式裁判の請求があつて公判手続を経てなされた原判決に対してはその判決前における省略式命令発布手続につき所論の如き事由あるの故を以て適法な控訴理由となすことはできないものと解しなければならない。論旨は理由がない。
同第二点について。
所論は要するに被告人及び弁護人は本件において道路標識が適当でないこと及び一部横断であることのため犯罪が成立しないと陳述したに拘らず原判決はこの点につき判断を示さず判断遺脱の法令違反がある旨主張する。
原判決事実摘示によれば被告人は大阪市公安委員会が自転車横断を禁止し且その道路標識のある判示道路を自転車に乗車の儘東から西に向つて横断したものと云うのであつて原審は適式な標識のあつたものと認定判断したものであることは判文上自ら明瞭である。そして当審検証の結果に照し又その他記録を調査してみても本件における道路標識が道路交通取締令第五条に所謂適当な表示と見得るものであることを肯認することができるのであつてこれを不適当な標識となす所論は畢竟独自の見解に過ぎないから採用の限りでない。又本件道路標識には「自転車に乗り横断禁止」と掲出せられてあり全部横断であると一部橫断であるとに拘らず自転車に乗り橫断行為に出ることをすべて禁止したものと解すべきは当然であるからたとえ所論の如き一部橫断であつたとしても被告人は道路交通取締法第六条所定の道路の通行制限に違反したものと云わなければならない。従つて判文上には単に自転車に乗り橫断した旨摘示すれば足りそれが道路の全部なるか一部なるかの判断を明示しなくても判決に影響を及ぼすべき判断遺脱の法令違反ありとなすを得ないのである。論旨は理由がない。
同第四点について。
所論は要するに被告人の橫断行為は故意によるものでなく原判決の認定には事実誤認か審理不尽の違法がある旨主張するからこの点につき審究する。
道路交通取締法第六条は行政上の取締規定ではあるが刑事罰の制裁が付せられておるから刑法一般の原則に従いその犯罪の成立には故意を必要とするものと解すべきところ原審公判調書中の被告人の供述記載並びに当審公判廷における被告人の供述によれば被告人は明治二十三年二月八日生(現在満六十三年)の老年者であつて昭和二十一年満洲から引揚帰還し事件当時商事会社の監査役の地位にあつたが引揚後は自転車には殆んど乗らず本件は昭和二十六年十一月十一日午後五時頃たまたま子供に賴まれ子供用の自転車で天神橋北詰東側にある果物屋へ果物を買いに行つた帰途の出来事であつたこと被告人はこれまでに天神橋南詰は通るが北詰は通らないこと右果物屋からの帰途被告人は自転車に乗つて直ちに道路に出ると危険と考え自転車を押して少し橫断道路に出てから左右を見て具体的に危険の発生の虞ないことを確めた上自転車に乗つて橫断行為に出たこと当時被告人は眼鏡を携帯していなかつたこと等が認められ又原審並び当審検証の結果に徴すれば橫断禁止標識は東西に通ずる幅員十二米の道路の南側警ら連絡所の橫の電柱に打ちつけてあるから被告人はその反対側なる道路北側果物屋を出て自転車を押して進むことにより直ぐ右標識を認め得る位置を通過し去つてしまう状況にあることを窺知することができる。以上当時の被告人の身状、動作、時刻の点、附近の模様等諸般の事情から推考するときは被告人が右連絡所橫に横断禁止の標識のあるのを知りながらも強いてこれを無視してまで横断行為を敢行せんとする意図を有したものでなく察ろ右標識の存在を認識しなかつた即ち横断禁止の事実を知らなかつたがためにその挙に出たものと認めるのを相当とするから被告人のこの点の弁解は措信すべく同人には本件犯罪構成要件たる禁止事実の認識を欠き故意なきものと断ぜざるを得ない。記録中右に副わない趣旨の資料は信憑するに十分でない。然らば本件公訴事実を有罪と認定処断した原判決は被告人の犯意を認めたことに関し事実誤認があり判決に影響を及ぼすこと勿論であるから破棄を免れずこの点の論旨は理由がある。